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放電

冬の空気は好きだった。庭は色を無くし、どことなく周りを拒絶している。澄んでいて、静かなのもいい。だけどひとつだけ、苦手なことがあった。「いたっ」指先から弾けた感覚がして慌てて手を引っ込める。台所の棚の前で固まるわたしを見て、光忠は作業の手を…

青江のにっかり夏休み

夏の夜。田舎の風景が広がっていた。アスファルトの道路に街灯は一つだけ。灯りに群がるように大きな蛾がぐるぐると回り、火に近づきすぎて羽が燃える。紙切れみたいに地面に落ちて、渾身の力を込め体を持ちあげ、再び光へ向かおうとしたけれど、叶わずに息絶…

あまえる

※お題箱よりリクエストを頂いた「甘えたな審神者と歌仙のお話」です。 厨の中は静かだった。蛇口から流れる水の音だけが反響している。台所の洗い場は一般家庭のものよりひとまわり大きくて、ステンレスの受け台には汚れたお皿が入っていた。予洗…

かくれんぼ

短刀とたまに行う遊びのなかに、かくれんぼがあった。これは普通の人間であるわたしにとって最も気軽に参加できる遊びで、声をかけられればだいたい参加していた。おにごっこは足の速さや持久力で負けてしまう。気を使われるのも申し訳なくて、だから、庭をか…

屋敷蛇のおはなし

昨日は雨が降ったのか、地面が水を撒いたように濡れていた。縁側の上で片膝を立てて座りながら静かに庭を眺める。新緑が光を受けて輝いている。爽やかな初夏の朝だった。風が庭を通り抜けていき、さらさらという葉が揺れる音に耳を澄ませると、心が透明になる…

約束_3

雪が降ると何となく嬉しい。首が痛くなるほどに上を向いて真っ白な空を見つめる。空気は肺を切るように冷たい。吐く息は白く形を変えて、やがて消えていく。どのくらい経ったのだろう。じっと空を見つめていたら、上から白い花びらのような雪のかたまりが落ち…

約束_2

春がきた。扉をガラガラと開けた瞬間、あ、と思った。空気がまるでちがう。冬の凍てつく寒さが和らいで、日差しのあたたかさが増している。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。山頂には白い色がちらつき、雪が残っていた。完全に溶けるのはもっと先になるだろ…

歌仙と見習い

歌仙兼定は笑わない。とはいえ仏頂面というわけでは決してなく、むしろ逆で、つねに淡く微笑んでいる。彼のことをやさしい刀だと人の子は言うが、それは全くの間違いだと彼自身は思っていた。庭に咲き誇る花に目を細め、口角をほんの少しあげる。――目で、耳…

臆病な鼓動ふたつ

※お題箱より貴方の左心房を、僕に下さいの二人の来世 教室の窓際に立って外を眺めていた。よく晴れていて、グラウンドでは、陸上部が延々とコースを走っている。長距離走の練習をしているのだ。同じ場所を、一定の速度で走り続ける姿を眺める。マ…