掌編

放電

冬の空気は好きだった。庭は色を無くし、どことなく周りを拒絶している。澄んでいて、静かなのもいい。だけどひとつだけ、苦手なことがあった。「いたっ」指先から弾けた感覚がして慌てて手を引っ込める。台所の棚の前で固まるわたしを見て、光忠は作業の手を…

青江のにっかり夏休み

夏の夜。田舎の風景が広がっていた。アスファルトの道路に街灯は一つだけ。灯りに群がるように大きな蛾がぐるぐると回り、火に近づきすぎて羽が燃える。紙切れみたいに地面に落ちて、渾身の力を込め体を持ちあげ、再び光へ向かおうとしたけれど、叶わずに息絶…

かくれんぼ

短刀とたまに行う遊びのなかに、かくれんぼがあった。これは普通の人間であるわたしにとって最も気軽に参加できる遊びで、声をかけられればだいたい参加していた。おにごっこは足の速さや持久力で負けてしまう。気を使われるのも申し訳なくて、だから、庭をか…

歌仙と見習い

歌仙兼定は笑わない。とはいえ仏頂面というわけでは決してなく、むしろ逆で、つねに淡く微笑んでいる。彼のことをやさしい刀だと人の子は言うが、それは全くの間違いだと彼自身は思っていた。庭に咲き誇る花に目を細め、口角をほんの少しあげる。――目で、耳…

臆病な鼓動ふたつ

※お題箱より貴方の左心房を、僕に下さいの二人の来世 教室の窓際に立って外を眺めていた。よく晴れていて、グラウンドでは、陸上部が延々とコースを走っている。長距離走の練習をしているのだ。同じ場所を、一定の速度で走り続ける姿を眺める。マ…

鉄。あるいは、それとよく似たもの

※お題箱 歌仙兼定が神様っぽい歌さに  隣の席のゆうくんは、いつも日に焼けていた。とりわけ夏になると、休み時間のチャイムと共にグラウンドにくり出し、プールでは常に全力で水しぶきをあげるので、表面を焦がしたパンのようになる…

目を閉じれば柔らかな暗闇

模造刀を抱えながら廊下を歩く。いまにも雨が降り出しそうな灰色の雲が空をおおっていた。黒い刀を抱えなおし、横目に庭を眺める。あいもかわらず見事な庭園に、ほんの少しだけ心に影がさした。だけどその理由がいまいち自分でも分からず、憂鬱な気持ちを振り…

馬刺しよりも美味いもの

父は、言葉を選ばずにいうと、クズと呼ばれるような男だった。仕事は鉄工場の作業員。毎日埃臭い作業着を身にまとい、重い作業靴をはいていた。父という人間の引き出しをあけてみると、酒、たばこ、女しか入っていない。おまけに趣味はパチンコで、三十代前半…