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文字数:約30万字劫火 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章約束(番外編) 1 2 3 貴方の左心房を、僕に下さい前編
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貴方の左心房を、僕にください(1)
名前を呼ぶ声が聞こえる。低くて籠った声だ。プールに似た場所で、わたしは力なく横たわっている。床は冷たくて、天井で淡い光が揺れていた。あたりは青暗く、ゆらめくカーテンのように屈折する光が反射している。こぽこぽと音がはねる。水の中にいるみたい…
文章左心房
すくわない(30)
薄く目をあけると、白っぽい壁が目に飛び込んでくる。既視感に襲われて記憶をたどる。ここは病院で、過去に一度来たことがある。ぼんやりとした意識のまま視線を窓のほうに向けると、白い服に身を包んだ女性がいた。カーテンを纏めて端に寄せている。生地の重…
文章すくわない,潮騒
すくわない(29)
闇から出てきたのは異形の頭だった。最初に鼻先、続いてずるずると胴体が押し出されてくる。女を抱えて岩陰に向かった。移動するときに微かに水が跳ねて、化け物がさっとこっちを向く。聴覚があるのかと、脳が意外と冷静に判断した。化け物はしばらく宙を見つ…
文章すくわない,潮騒
すくわない(28)
夕日に照らされた和室に入ると女は手を伸ばし、壁際に置いてある、腰の高さほどのタンスの、いちばん上の段をひく。なかは空のように思えたが、よくみると奥に黒い箱があった。静かなしぐさで箱を取り出すと、まるで子供のようにぺたりと座り、畳に置く。狐は…
文章すくわない、潮騒
すくわない(27)
「やーっと出てくる気になったか」難しい顔をして立ち尽くしている男に和泉守は声をかける。長谷部は苦々しい顔を浮かべた。「お前が、この女に、くだらないことを言うから……!」「どうせ聞こえてねぇよ。もう忘れたのか」はっとした顔をしてから、情けなく…
文章すくわない、潮騒
すくわない(26)
目を覚ますと朝の光であふれていて、避けるように寝返りを打った。反動で、首元にいたこんのすけが畳にころがっていく。眠くて布団にもどす元気がなく、ごめんと心の中で呟きながら体をかたくしていると狐が戻ってきたので、手を伸ばして布団のなかにいれる。…
文章すくわない、潮騒
すくわない(25)
みかんの表面に血管のように張り付いている白いすじを丁寧にとりながら、今日の予定を考える。ここに一番栄養があるんだよ、と過去に誰かが言っていた。だけど、口に入れたときの触感が苦手なので、ひとつひとつ取りのぞく。忠告してくれたのはおそらく燭台切…
文章すくわない、潮騒
すくわない(24)
最近の主は張り詰めた糸のようだった。表面上に変わりはないが言葉にできない危うさがある。朝礼以来、仲間はどこか萎縮している。夜、和泉守は刀の部屋に呼ばれた。彼らは非番のときは基本的に暇なので時間を持てあましている。部屋についてみると妙に騒がし…
文章すくわない、潮騒
すくわない(23)
「大丈夫?」肩を揺さぶられて薄く目をあける。横には眠る前とおなじく若い男がいた。正座して側にいるのは主である女で、さっきまでの記憶が蘇って反射的に身を捩り、伸ばされた手をはじいた。室内の空気が二度くらい下がった気がするが、弁解をする間もなく…
文章すくわない、潮騒
すくわない(22)
あんなに体が痛かったのに手入れ部屋で数時間過ごし、目を覚ますと嘘みたいに苦痛は消えていた。負傷した翌日は体を慣らすために休みをあてられる。鞘の汚れが気になったので、日差しがやわらかくおちる縁側で布巾を片手に乾拭きしていると長曽祢虎徹がたずね…
文章すくわない、潮騒