文章

すくわない(22)

あんなに体が痛かったのに手入れ部屋で数時間過ごし、目を覚ますと嘘みたいに苦痛は消えていた。負傷した翌日は体を慣らすために休みをあてられる。鞘の汚れが気になったので、日差しがやわらかくおちる縁側で布巾を片手に乾拭きしていると長曽祢虎徹がたずね…

血潮に触れる【推敲前】

※リストカット、自殺の表現があります。主人公の女の子に名前があり、かなり詳細な設定があります。推敲前の文章です。いつか誤字脱字チェックしなおしたいと思います。いつか…。 パス:53

すくわない(21)

その日は朝からやることがなく暇で、ぼうっとしていると廊下のほうがざわざわとしていることに気がついた。堀川国広が顔をあげる。青い目が庭を射抜くように見つめ、だんだんと大きくなる。「どうした」畳でころがっていた体を起こしたずねる。国広は猫みたい…

すくわない(20)

 ▼  人の悲しみはどうすれば癒えるのだろうと、最近そんなことばかり考える。静かな朝だった。障子から差し込む光がまぶしい。上体をおこし、ぼんやりと外を眺める。障子はなぜか少しだけ空いていて(本丸では猫を飼ってい…

すくわない(19)

 永遠とも思える時間を揺られていた。正確には測っていないが、体感的に六時間ほどは乗っていたのではないかと予測する。窓が大きくて、景色は遠くまで見渡せた。街から離れていくにつれて緑でいっぱいになる。だが、段々と日が落ちて夜になるとほとんど真っ…

すくわない(18)

きっかけは一通のメールだった。懇切丁寧な文章で、どうにか本丸の淀みの原因をつきとめてほしいという内容が書いてあり、重い腰をあげる。足元に寄ってきたこんのすけを抱きよせまわりを見渡すが、和泉守は席をはずしていたので、書き置きだけを机に残し外に…

すくわない(17)

昨夜はひどい悪夢を見てしまった。暗闇を転げるようにして化け物から逃げる夢だ。ずりずりと這いずるような音が後ろから迫ってくる。細く伸びる影。異形の妖怪が、どこまでも追いかけてくる。肺が燃えそうになるほど走るが、足を動かしてもおもうように進まず…

すくわない(16)

それから、夜になると決まった時間に和泉守と厨で夜食を作ることが日課になった。だいたい、お風呂に入ってからゆっくりしていると、畳に深い影が伸び、しぶしぶと立ちあがる。軽食を作り、監視されながら食べた。人は水だけでも生きていけるらしい。私自身の…

すくわない(15)

 日常というものは、どんなことがあっても、時がすぎるにつれて平坦になっていくものだ。辛いことがあっても、どんな傷も、時間が解決してくれる。傷の深さはどうであれ。壁に寄りかかるようにして座りながら、和泉守はそんなことを思った。少し離れた場所で…

すくわない(14)

「よくやった。こんのすけ」「重かったですよぅ」男が喋ると、畳についてしまうのではというほどの長い髪がゆれる。自分の本丸から刀を一振だけ持ってきたことをいまさらながらに思い出した。「和泉守?」蚊のなくよりもちいさな声だったのに、律儀に振り返っ…

すくわない(13)

「主さま、主さま! 起きてください」「なに……こんのすけ」布団のなかで寝返りを打ちながら薄く目をあける。部屋が夕暮れの暗さになっていて、雰囲気がおかしい。上体を起こしながら端末をたぐりよせる。夜かと思ったけれど、時刻は昼前だった。「敵?」近…