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劫火_06

むかしむかしあるところに、へびの神様がおりました。かれはとてもやさしいこころを持っていましたが、とてもおくびょうで、山の奥深く、人のこないみずうみの近くにすんでおりました。ある日、いつものように水をのみにきた神様は、みずうみの遠くの滝にふし…

劫火_05

高い所から平原を眺める。言葉がでない。ここは高い山の中腹で、朝から歩いてたどり着いたころには午後になっていた。空が広い。山は薄く雲のヴェールがかかったようになっている。胸のすくような風景だった。「どうしてこんなに高い場所に来たの?」草原で準…

鉄。あるいは、それとよく似たもの

※お題箱 歌仙兼定が神様っぽい歌さに  隣の席のゆうくんは、いつも日に焼けていた。とりわけ夏になると、休み時間のチャイムと共にグラウンドにくり出し、プールでは常に全力で水しぶきをあげるので、表面を焦がしたパンのようになる…

劫火_04

見渡す限りの砂丘を見つめていると、どこか違う国に来た感覚がした。隣にいる膝丸が眩しい物を見るように瞳を細くしている。砂の山の間に白い線が伸びていて、手を広げて深呼吸をすると、潮の香りがした。「海は初めて?」膝丸は頭を振ったきりこたえなかった…

目を閉じれば柔らかな暗闇

模造刀を抱えながら廊下を歩く。いまにも雨が降り出しそうな灰色の雲が空をおおっていた。黒い刀を抱えなおし、横目に庭を眺める。あいもかわらず見事な庭園に、ほんの少しだけ心に影がさした。だけどその理由がいまいち自分でも分からず、憂鬱な気持ちを振り…

馬刺しよりも美味いもの

父は、言葉を選ばずにいうと、クズと呼ばれるような男だった。仕事は鉄工場の作業員。毎日埃臭い作業着を身にまとい、重い作業靴をはいていた。父という人間の引き出しをあけてみると、酒、たばこ、女しか入っていない。おまけに趣味はパチンコで、三十代前半…

劫火_03

考え事をしていたせいか、奇妙な夢を見た。まわりは青白い霧が立ち込めていて、視界が悪い。うつ伏せに倒れているためか、近くから強い土のにおいがした。手に力を込めて体を起こす。あたりの風景はぼやけていて、よく分からなかった。が、意識がはっきりする…

劫火_02

かたい木の根に腰を下ろしながら、ぼんやりと目の前で俯いている男を見つめる。ここからは頭のつむじが良く見えた。天辺の跳ねている髪は薄緑色ではなく、夜を吸い込んだような漆黒だった。「それ、染めてるの?」俯いて作業をしている男に聞く。彼は無言で頷…

劫火_01

細かい雨がふっていた。天から糸のように垂れる水が、頬を、そして袴の隣にある腕を伝う。落ちてくる水は透明で澄んでいるのに、指先から滴るのは真っ赤な血のような色だった。雨はどんどんと汚れを洗い流していく。手に持った刀が重い。まるで世界に繋ぎとめ…

潮騒_06

本丸から離れた刀解部屋の前で、三人の男が絶句したように佇んでいた。一見、神社のような作りの建物は、扉がしっかりと閉ざされていた。中から厳重に結界が貼られているそれは、防音まで施されているようで、物音ひとつしないのだった。御手杵が無理やりにで…

潮騒_05

数冊の本を腕に抱えながら、長い廊下を歩く。外に視線を向けると、桜の蕾が綻ぶように膨らんでいて、風が吹く度に花びらが揺れていた。桜の花を見ると、無条件で心が浮き立つのはどうしてだろう。審神者は、視界に映る桃色を眺めながら、春の訪れを感じていた…