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劫火_02

かたい木の根に腰を下ろしながら、ぼんやりと目の前で俯いている男を見つめる。ここからは頭のつむじが良く見えた。天辺の跳ねている髪は薄緑色ではなく、夜を吸い込んだような漆黒だった。「それ、染めてるの?」俯いて作業をしている男に聞く。彼は無言で頷…

劫火_01

細かい雨がふっていた。天から糸のように垂れる水が、頬を、そして袴の隣にある腕を伝う。落ちてくる水は透明で澄んでいるのに、指先から滴るのは真っ赤な血のような色だった。雨はどんどんと汚れを洗い流していく。手に持った刀が重い。まるで世界に繋ぎとめ…

潮騒_06

本丸から離れた刀解部屋の前で、三人の男が絶句したように佇んでいた。一見、神社のような作りの建物は、扉がしっかりと閉ざされていた。中から厳重に結界が貼られているそれは、防音まで施されているようで、物音ひとつしないのだった。御手杵が無理やりにで…

潮騒_05

数冊の本を腕に抱えながら、長い廊下を歩く。外に視線を向けると、桜の蕾が綻ぶように膨らんでいて、風が吹く度に花びらが揺れていた。桜の花を見ると、無条件で心が浮き立つのはどうしてだろう。審神者は、視界に映る桃色を眺めながら、春の訪れを感じていた…

潮騒_04

朱色の鳥居が、冬の景色の中に所在投げに佇んでいた。のどかな田んぼ道から少し外れた茂みの奥に、それはあった。こじんまりとした鳥居の奥に、小さな石が重ねられている。石の脇に、飲み口の欠けたお猪口がぽつんと置いてあった。中身は入っておらず、底の方…

潮騒_03

川の水は清らかだ。淵にしゃがみ込み、水に指を差しいれると、身を切るかのような冷たさを感じた。体がふるりと震える。手を差し入れたところから途端に水の流れが変わる。底の石まで見えそうに透明な水を無表情で眺めた。近くでくるくると、葉っぱが水流に飲…

潮騒_02

秋が深まってきた。外では、少しずつ紅葉が色づいてきている。執務室から見える木も赤やオレンジと、目に温かいが、空気はひんやりと冷たい。そろそろ紅葉狩りの季節だと思った。今日は特に忙しくもない日で、来週の編成を加州と相談していた。机の上に置かれ…

潮騒_01

空に大きな月が、顔をのぞかせている。今日はとてもきれいな満月だったので、仕事が終わった後に月を見ながらお酒を飲むことにした。お酒は以前購入していた日本酒で、辛口のきりっとした後味が美味しい。お酒は、いい気分の時に飲むようにしている。気分が沈…