劫火

約束_3

雪が降ると何となく嬉しい。首が痛くなるほどに上を向いて真っ白な空を見つめる。空気は肺を切るように冷たい。吐く息は白く形を変えて、やがて消えていく。どのくらい経ったのだろう。じっと空を見つめていたら、上から白い花びらのような雪のかたまりが落ち…

約束_2

春がきた。扉をガラガラと開けた瞬間、あ、と思った。空気がまるでちがう。冬の凍てつく寒さが和らいで、日差しのあたたかさが増している。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。山頂には白い色がちらつき、雪が残っていた。完全に溶けるのはもっと先になるだろ…

劫火_06

むかしむかしあるところに、へびの神様がおりました。かれはとてもやさしいこころを持っていましたが、とてもおくびょうで、山の奥深く、人のこないみずうみの近くにすんでおりました。ある日、いつものように水をのみにきた神様は、みずうみの遠くの滝にふし…

劫火_05

高い所から平原を眺める。言葉がでない。ここは高い山の中腹で、朝から歩いてたどり着いたころには午後になっていた。空が広い。山は薄く雲のヴェールがかかったようになっている。胸のすくような風景だった。「どうしてこんなに高い場所に来たの?」草原で準…

劫火_04

見渡す限りの砂丘を見つめていると、どこか違う国に来た感覚がした。隣にいる膝丸が眩しい物を見るように瞳を細くしている。砂の山の間に白い線が伸びていて、手を広げて深呼吸をすると、潮の香りがした。「海は初めて?」膝丸は頭を振ったきりこたえなかった…

劫火_03

考え事をしていたせいか、奇妙な夢を見た。まわりは青白い霧が立ち込めていて、視界が悪い。うつ伏せに倒れているためか、近くから強い土のにおいがした。手に力を込めて体を起こす。あたりの風景はぼやけていて、よく分からなかった。が、意識がはっきりする…

劫火_02

かたい木の根に腰を下ろしながら、ぼんやりと目の前で俯いている男を見つめる。ここからは頭のつむじが良く見えた。天辺の跳ねている髪は薄緑色ではなく、夜を吸い込んだような漆黒だった。「それ、染めてるの?」俯いて作業をしている男に聞く。彼は無言で頷…

劫火_01

細かい雨がふっていた。天から糸のように垂れる水が、頬を、そして袴の隣にある腕を伝う。落ちてくる水は透明で澄んでいるのに、指先から滴るのは真っ赤な血のような色だった。雨はどんどんと汚れを洗い流していく。手に持った刀が重い。まるで世界に繋ぎとめ…