すくわない(10)
深夜、ある部屋の前で立ちすくんでいた。灯りはとっくの昔に消えている。中の人物は眠っているため、物音ひとつしない。女の指が折れていたことを知ったのは翌日のことだった。あれから自分は、気がつくと自室でうつ伏せになっていた。どうやって戻ったのか…
文章 潮騒すくわない
すくわない(9)
遠くで声が聞こえる。低くて優しい声だ。あまり耳馴染みがないけれど、なぜか落ちつく、そんな声。ずっと考えていたことがある。どこか遠くに行きたい。誰もいない場所、過去の追いかけてこないほど遠くへ。そんな場所などないと諦めていたが、声を聞いてい…
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すくわない(8)
翌日、絶対に来ないだろうと思っていたのに、予想に反して障子を叩く音が聞こえ、驚いて顔をあげる。横にいたこんのすけも珍しく動揺しているようで、尻尾が膨らんでいた。無視をするわけにもいかず、名前を呼べば、静かに一礼をしてから男が入室してくる。…
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すくわない(7)
深夜、夜遅くまで起きている者もいい加減布団に入るような時間帯であるにもかかわらず、へし切長谷部は廊下に突っ立っていた。日中は温かいが夜になると途端に肌寒くなる。薄い浴衣の袖から出た腕の表面を冷たい風が撫でていき、鳥肌の立っている腕を擦る。…
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すくわない(6)
畳で仰向けになり天井をみつめる。お腹ではこんのすけが頭を乗せていた。天井を眺めていると、木目が芸術的な模様のように思えてきて、つい見入ってしまう。だんだんと人の顔に思えてくるので面白い。「これから、どうされますか」「どうしようかな……ちょ…
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すくわない(5)
深夜にこっそりと本丸を抜け出し町へとでる。中心地はビルが多くあり都会的だった。まだ眠るには早い時間なのか町は賑やかで、多くの人が行き来している。細長い包みを背負っているので、すれ違いざま、ぶしつけな視線にさらされる。とりわけ、刀剣男士には…
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すくわない(4)
ぼんやりと縁側に座りながら庭を眺めていた。雪は半分溶けて、太陽の光に反射している。太ももに刀を置いたままじっとしていると、鳥の鳴く声が聞こえる。屋根に氷柱が出来ていて、昼の気温にとけてぽたぽたと雫が垂れていた。そっと鞘を握る手に力を込める…
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すくわない(3)
部屋に戻るとこんのすけがそわそわとしていた。障子を引くと同時にぱっと顔をあげる。「どうしたの?」布から刀を取り出して刀かけに置きながら訊ねると、こんのすけは絞り出すような声を出した。「たった今、政府から連絡がありまして」「うん」つめたくな…
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すくわない(2)
それなりに酷い扱いを受けてきたということは、人に恨みを持っているだろう。例えるなら、敵地の中にいるようなものかもしれない。それなのに、こうものんびりとしているのは、いささか緊張感に欠ける。和室でぼんやりとしながら、膝の上にいるこんのすけを…
文章 潮騒すくわない
すくわない(1)
雪が降りそうだった。空は薄い膜が張ったように白い雲で覆われている。冷たい風が巫女服の間を通り過ぎていき、首を縮めてやり過ごした。庭は色を無くしている。どこもかしこも、冬枯れていた。足を動かすたびに腰にさしている刀が揺れてとても歩きにくいが…
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