かくれんぼ

短刀とたまに行う遊びのなかに、かくれんぼがあった。これは普通の人間であるわたしにとって最も気軽に参加できる遊びで、声をかけられればだいたい参加していた。おにごっこは足の速さや持久力で負けてしまう。気を使われるのも申し訳なくて、だから、庭をかけまわる遊びはほとんど遠慮していた。

見つからないようにするにはいくつかコツがあって、そのなかのひとつが、存在感をなくすことだった。このやり方はわたしにあっていた。むずかしいことは何もない。手頃な場所に潜り込んで、息をひそめ、あとは景色をのんびり眺めるだけ。変に緊張したり、見つからないかと不安になると、かえって居場所がばれてしまう。感情は目に見えない。しかし、波のように伝わるのではないかと思うことが、日々の生活のなかで多々あった。

今日の隠れ場所に選んだのは本丸から離れた馬小屋で、うず高く積まれた干し草を両手で掘ってへこみを作り、そこにしゃがみ込んだ。一応影になっているがひらけているので発見しやすいだろう。そう思い、息をつきながら鬼を待つことにした。繋がれた馬は最初こそ警戒していたが、少し経つと慣れたのか、四角い餌箱に顔を突っ込んで草を食べだした。

時計がないので時間の経過が分からないが、体感で一時間あたりがたったころ、わたしはため息をこぼした。すぐに見つかるだろうと思ったのに、予想に反して人の気配がこない。もしかして忘れられたのではと、心のなかにさざなみのような感覚が広がって、体を抱え込むように膝に頭をのせる。馬小屋は静かで、遠くでは小鳥のさえずりが響いていた。

退屈でこんどはあくびがでた。そのとき不意に、がさと草を踏みしめる音が響いたので、体を硬直させる。さっきまで鬼を待っていたのに、そんな気持ちは一瞬で忘れて、見つかりたくないと息をつめた。足音は迷いながらも近づいて、とうとう目の前で止まる。

「なーに、やってんの」

ちゃかすような声に顔をあげると目の前にいたのは笹貫だった。逆光のなか、青い目が光っている。

「かくれんぼ」

「そ」

笹貫は何を思ったのか、草を片足でどかしわたしの横に座った。急に近くに来たのでびっくりする。動揺を悟られないように、頭に浮かんだ疑問を投げかけた。

「笹貫が鬼だったんだ。今剣かと思ってた」

「いや? オレは参加してない」

とすると何かわたしに用があったのだろうか。相手が話し出すのを待ったが、笹貫はゆったりと外を眺めている。吹き抜けの天井近くの壁に四角い窓があって、雲が流れているのがみえた。不信に思っていると、男と目が合い、彼は吹き出すように笑う。

「すごい、顔に出るね。こいつ何しに来たんだ、って書いてる」

「えっ。ごめん」

両手で頬をはさむ。恥ずかしい。気を悪くさせたかと思ったが、笹貫はたいして気にもとめていないようで、馬が草を食べるさまを眺めていた。

鬼を待つあいだ、暇つぶしにかくれんぼのコツを教えることにした。見つかりたくないと強く思わないこと、不安になったりしないこと。笹貫は興味深そうに聞いてくれたけど、納得はしていないようで、笑いながらも首を傾げていた。

「ありがとう。探しに来てくれて」

「うん?」

暇つぶしに長めの草で三つ編みを作りながら笹貫が気のない返事をする。足は伸びて組まれている。全く隠れる気が感じられない。そういうわたしも足をくずしていた。返事は期待していなかったけど、せっせと手を動かしながら男は口をひらいた。

「主がどこにいても、見つける自信があるよ、オレは」

「山にいても?」

「うん」

「都会の、人がいっぱいいるところにいても?」

「ぜんっぜん、余裕」

笹貫のいいかたは、よゆー、といった感じで、肩の力が抜けている。話していると日々の細々としたことが遠くにいってしまう。あらためて言葉を反芻し、わたしは遅れて嬉しくなる。彼は嘘を吐いているように見えなかったし、何の根拠もないけれど、笹貫ならどこにいても、ほんとうに、連れて帰ってくれるような気がしたからだ。

それからいつのまにか寝ていたみたいで、わたしは肩を揺り起こされ目を覚ました。かくれんぼは終わったらしい。結局最後までわたしを見つけられずにみんなで探したのだと、迎えに来た今剣に聞いた。わたしたちの会話で起きた笹貫は、伸びをして眠そうにあくびをしている。

今剣の目がわたしと笹貫とのあいだをすべる。好奇心と同時に、丸い目が、こんなとこでよく眠れるなと語っていた。

 

 

 

 

波音が左のほうから流れてくる。冬の海は灰色で、拒絶しているみたいに冷たいのに、潮騒はやさしい。空と海の境界が明るくなっていたがまだまだ夜明けまでは遠い。

笹貫は普段、空を眺めることが好きだったが、この時ばかりは違っていた。俯き加減で波打ち際を歩く。足取りは老人のようにゆっくりとしていた。

ずいぶんと空が白んできたころ、やっと彼は足をとめる。

「あ、いた……」

屈んだのちに手に取ったのは硝子の瓶だった。手の中に収まりそうなほどの大きさで、なかに青いビー玉が入っている。傾けるとコツンと鳴った。はたからみればただのガラクタだが彼は大事そうに抱える。

「やっと見つけた」

ちょうどそのとき朝日が顔を出した。海が光の色に塗りかえられる。太陽と空が重なっている場所は白くて綺麗だった。笹貫は、いまもどこかで人は死に、天国か地獄か分からないがあるべき場所へと帰っていくのだろうと考える。手に持っていたボトルを太陽にかざすと、なかの玉が光を受けて複雑な表情を見せた。朝日はあっという間に海からのぼって空に浮かび気づけば朝になっていた。ボトルを握りしめてきた道を振り返ると、足跡は波に消されていた。潮風が吹いている道を、笹貫は歩いていく。